はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 340 [ヒナ田舎へ行く]

ふんっ!小癪な。

スペンサーはブルーノのあからさまな敵意に気分を害したものの、ヒナとの約束をあっさり反故にしてしまったことの方がよっぽど気掛かりだった。

ルークを遠ざけるのがスペンサーの役目。それなのに、一日中つきまとうことをオススメしてしまったのは、かなりの失態。まさかヒナが『いいよ』などと安易に口にするとは思わなかったからだ。あれだけウォーターズと過ごしたいと言っていたくせに。

スペンサーは雨音に耳を傾けた。

この調子だとウォーターズがやって来ることもないだろう。

となると、ヒナはルークに任せて、俺はダンとのんびりと過ごすか。今日はこれといって用事もなかったはずだ。それともダンは何か用があるのだろうか。

スペンサーがぐずぐずしているあいだに、ブルーノがダンに話し掛けた。

「ああ、そうだ。ダン、このあとちょっと手伝って欲しいんだが」そう言って、優雅にコーヒーをすする。

くそっ!先を越された。

「何をです?」ダンはベーコンが刺さったままのフォークを置いた。

「おやつの在庫が切れそうなんだ。人数が増えたから、クッキーは少し多めに。フルーツケーキも何台か作っておこうと思う」

そんなに?一日中ダンを独り占めする気か?

「ええ、いいですよ。焼き立てをいただけるなら」ダンはにこりとして快く応じる。

ヒナはずるいと不満顔。「ヒナはジャムクッキー食べたい」はっきりリクエストする。

「では、宿題が終わったら、お持ちしましょう」ダンは当然予想していたのか、キビキビと要求に応じる。「間に合いますよね?」とブルーノに確認することも怠らない。

「そんなにこき使うこともないだろうに」悔し紛れに口を出してみるが、ブルーノに勝ち誇った顔を向けられただけだった。

まあいい。後手に回ったが、巻き返すチャンスはいくらでもある。ブルーノの為に面倒な仕事をたっぷりと用意してやろう。

「一緒に食べようね」ヒナがルークに向かって言う。

「ええ、そうしましょう」とルーク。とても嬉しそうだ。

「ああん、僕も一緒だよ」ヒナを奪われたカイルが慌てて名乗りを上げる。

ヒナにダンに、取り合いが激化してきたようだ。唯一、無関心なのは、無表情のエヴァンだけだ。何を考えているのかさっぱりだが、こちらが浮ついた気持でない限りは、邪魔だけはしないだろう。

味方になってくれれば、これほどありがたい事はないのだが。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 341 [ヒナ田舎へ行く]

ハァァ……。

ルークは食後のコーヒーを飲みながら、我知らず溜息を吐いた。

悩んでいるのはヒナとの距離感。仕事とプライベートの境目が曖昧になっている今、町に宿を取らなかったことを後悔しつつあった。かといって、いまさらというものだ。

食卓に残っているのは、向かいに座るヒナと、間に二つの椅子を挟んで座るエヴァンだけだ。エヴァンは今にも席を立ちそうだけど、ヒナはのんびりと冷めた紅茶をすすっている。

「あ、フィフドさんにもあげる」ヒナがポケットから何か取り出した。薄紙を広げて、差し出す。

「これ、なんですか?」ルークはおずおずと手を伸ばした。

「あまいナッツ。がりがりして食べて」

アーモンドの砂糖がけか。

「ありがとう」そう言って口に入れると、さっそくがりがりした。

うん。甘くて美味しい。コーヒーとも合う。

「エヴィもどうぞ」ヒナは短い手を精一杯伸ばして、エヴァンにそばに来るように促した。

てっきり断ると思ったのに、エヴァンは出来うる限りにこりとして、ルークの隣に座った。手を伸ばして、ひとつ摘む。

「いただきます」エヴァンは光栄だと言わんばかりだ。

「昨日、スペンサーにもらったの」ヒナがお菓子の出所を明かす。

エヴァンは納得したようにひとつ頷いた。「お店で手に取っているのを見かけましたが、ヒナへのお土産でしたか」

「リボンはここ」ヒナが頭の後ろを指さす。馬のしっぽを束ねているリボンは、お菓子の包みに使われていたもののようだ。

「すてきですね」ルークは心から言った。リボンもだけれど、髪も。これほど伸ばすのはさぞ大変だっただろう。

「そういうあなたも、ネコみたいにふわふわして素敵ですよ」強面のエヴァンが真顔で言う。意外すぎてぎょっとしてしまった。

「ネコ?さわっていい?」ヒナは言うが早いか、椅子から飛び降り、テーブルをまわってルークの髪に触れていた。

「ほんとだぁ。ふわふわぁ」ヒナはでれでれとした顔で、エヴァンに感触を伝えた。

「そ、そうですか?自分ではそんなこと思ったことがなかったのですけど」なんだか照れる。

「ヒナの髪も素敵ですよ」エヴァンは何か含みを持たせるようにそう言うと、ヒナからもらった砂糖菓子を口に入れた。

ヒナはふふっと笑った。自慢の髪を褒められて喜ぶ乙女のようだと、ルークは思った。女性というものはたいていにおいて、髪やドレスを褒められたいものだ。自分が未だにそういう場面に出くわしていないのは至極残念ではある。

もちろん、女性との出会いがないわけではない。出会うだけで、それ以上、関係の発展がないだけで。

どうしてだろうと疑問に思う。家柄は申し分ないし、収入もそこそこある。容姿は好みがあるから仕方がないとしても、これまで出会った女性のうち誰か一人くらいは僕に惹かれてもいいはず。

そんな人がいないということは、やはり僕には何の魅力もないのだろう。このふわふわのヒナ好みの髪の毛以外は。

そして、こうした触れ合いはまた、仕事とプライベートの境界を曖昧にしてしまうのだった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 342 [ヒナ田舎へ行く]

「ああ、ダン。ちょうどいいところに」

まるで偶然のような語り口だが、スペンサーはダンを捕まえるために、かれこれ三〇分ほどダンが通るであろう場所で待ち伏せていた。

そろそろヒナの着替えの時間だ。ダンとて、いつまでもブルーノとキッチンでごちゃごちゃしてはいられない。だが、ヒナを再びルークに預けてしまえば、ダンはまたブルーノと一緒だ。

あのくそったれめ。クッキーだかなんだか知らないが、カイルを使やぁいいだろうに。

スペンサーは胸の内で思う存分毒づき、顔には笑顔を張り付けた。

「僕に何か用でしたか?」

ダンはなにひとつ疑う様子もなく足を止め、こちらに向かってくる。頼まれ事はすべて引き受けんばかりだ。こういうのをまずはどうにかしなきゃならんな。

「あとでもいいんだが、ルークのことでちょっと」

「ルーク?ああ、ヒナのことですね。一日一緒に過ごすなんて、ぼろが出るに決まってますよ。でもいまさらですよね。ありのままのヒナを見てもらうしかありません」

「あ、ああ、そうだな」特に考えがあってルークの名前を出したわけではなかったが、ダンの注意を引きつけるのには成功したようだ。「そうなんだ。みんなが集まる前にルークからそう申し出があったんだが、先に話しておけなくてすまない」

「どちらにしても、ヒナは了承したでしょうね。おもしろそうですから」ダンはくすくすと笑った。

それだけで、スペンサーの胸は高鳴った。

いよいよ重症だと認めるしかない。ブルーノの存在は邪魔だが、問題はダンの気持ちだ。どうすれば手に入る?「まあ結局、ヒナにうまくあしらわれて終わりのような気もするがな」考えながらも会話を続ける。

「それがどう報告書に響くかですよね」

確かにそれは問題だ。ルークは仕事に関してかなりガードが堅い。しかも、エヴァンがそれを後押ししている。なぜだ?ヒナの為か?

スペンサーは同意するように頷き、話題を転じた。「あ、そうだ。午後は時間取れるか?」

ここからが本題。

「午後ですか?えっと、たぶん空いています」ダンは頭の中の予定表を確かめるかのように空を見つめ、「いまのところは」と付け加えた。

「それじゃあそのまま空けておいてくれ」そう言ってスペンサーは、さも通りすがりだったかのように手を振って、そそくさと立ち去った。

とにかく、午後までに適当な用を考えておかねば。さもないと、またブルーノに持って行かれてしまう。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 343 [ヒナ田舎へ行く]

ダンとスペンサーのやりとりを物陰からうかがっていたエヴァンは、向かい側で同じように身を潜めているヒューバートと目が合った。

こうした状況は初めてではない。エヴァンはここへ来てまだ三日目だが、幾度となくこういう場面に遭遇している。

だから、いくら息子たちが父親に隠し事をしようとしても、無駄というもの。

二人が別々の方向へ行ってしまうと、エヴァンはゆったりとした足取りで、ヒューバートに歩み寄った。階段の手摺りに背を預け、ひとつ息を吐く。

「今朝はヒナをありがとうございました」

もちろん、ヒナを食堂に届けてくれた事に対する礼だ。ヒューバートは常にヒナの動きに気を配っている。ヒナはヒナでヒューバートに捕獲されることを楽しんでいる。

「当然のことをしたまで。それよりも、息子が迷惑を掛けているようだな」

「わたくしには直接関係ありませんが、ダンが仕事を疎かにするようでは困ります」

「そうならないようにしなきゃならんな」ヒューバートは嘆かわしげに首を振った。

「ええ、まったくです。ですが、ダンは自分の仕事をわずかでも疎かにする気はないようです。いまのところは」

今朝のダンはやけに張り切っていた。いや、いつも無駄に力を入れているのだが、今朝は特に目についたと言った方がいいのかもしれない。昨日のブルーノの事があったからか、それともおのずと自分の役目を再認識したか。どちらにせよ、ブルーノとの間に一定の距離を置いた事は称賛に値する。

「ああ、そうだな。だが、多少息子を哀れに思ってしまうのは、やはり親の贔屓目だろうか?」

むしろ理解ある親と言っても遜色はない。「かもしれませんが、それが彼らのためでもあります」エヴァンは淡々と応じた。

「うむ。君の言う通りだ。もしもあれらが行き過ぎた行為をするようなら、遠慮なく指導してやってくれ」

ヒューバートの言う指導がどういう類のものなのか、エヴァンには想像もつかない。が、すぐさま頷いた。

彼はあまりに優秀だ。もしもヒナがずっとここにいなければならないとしたら、すべてを任せられるのはヒューバートしかいない。エヴァンはそう思っている。

「ところで、クロフト卿はもう朝食を召し上がったのか?」

「はい。たったいま」

「あの方が退屈しないように気を使ってくれ」ヒューバートはそう言うと、ひらりと踵を返し、狭い通路の奥に消えた。

背後に気配を感じ視線をやると、ルークが廊下を行っているところだった。ヒューバートはあくまで裏方に徹するようだ。

そういうエヴァンも、あくまで裏方に徹するつもりだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 344 [ヒナ田舎へ行く]

ダンが朝食の片付けを終えて、部屋に戻ると、ヒナは暖炉の前のソファで丸くなっていた。上着とクラヴァットはベッドに、ベストと靴下は足元に。シャツとズボン姿といういつものリラックスした格好だ。どうせ着替えるので別にいいのだけれど、将来のことを考えれば少し心配にもなる。

宿題と読みかけの本を揃えてテーブルに置き、着替えを用意すると、二人の部屋をつなぐドアを通って自分の部屋に戻った。

ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

九時二十五分。十五分くらいなら休めそうだ。

上着を椅子の背に掛けて、そこに手を置き一息吐く。予定がびっしりなのはいいことなのか、否か。うまくサボろうと思えばいくらでもサボれるのだけれど、結局ヒナの世話をしているときが一番自分らしくいられる気がする。

そりゃ、ブルーノとお菓子づくりは楽しいとは思う。

ダンはベッドに腰掛け、そのまま後ろに倒れた。

――楽しいのだけれど、あのことをどうにかしなきゃ。ブルーノが僕を好きだっていうアレ。仕事中は考えないようにしていたけど、いまは休憩中だからべつにいいよね。

やっぱり、ヒナに相談すればよかった。エヴァンは仕事さえきちんとしていれば、口出しはしないというような口ぶりだった。いっそ口を出してくれればと思わずにはいられない。そんなことにうつつを抜かしていないで、仕事に専念しろと叱責して欲しかった。それともエヴァンはそう言ったんだっけ?

灰色の空に稲光が走った。それから少し間をあけ、遠くの方で雷の落ちる音がした。

今日はさすがに誰も外出はしないだろう。ヒナだって無理に旦那様に来てもらおうとは思わないだろう。

「だぁーん」ヒナが駆け込んできた。

「どうしました?」ダンは身体を起こし、ベッドに座り直した。

「ゴロゴロがきた」おなかにケットを巻いている。

「ゴロゴロ?ああ、雷ですね。そういえば、ヒナは苦手でしたね」おなかを隠しているのは、へそを取られないためだ。ヒナの国では雷はへそを取るのだとか。そんな馬鹿なと思うが、ヒナはいたって真剣だ。

ヒナはダンの隣に座り、ぐいぐいと身を寄せてきた。抱き寄せてよしよしと頭を撫でてあげたいけど、旦那様に知れたらと思うと怖くてできない。

また雷鳴がとどろいた。

「きゃあ!」ヒナは悲鳴をあげて、ダンに抱きついた。

「遠くで鳴っているから大丈夫ですよ」しかたなく肩を抱いて、宥めるように言う。

こんなものが怖いなんて。いつもなら旦那様が傍にいてヒナを安心させてあげるのだろうけど、僕でも役に立てていると思ったら、すごく嬉しい。たとえあとで旦那様に嫉妬混じりの非難の目を向けられようとも。

「ほんと?」

「ええ、本当です」

ヒナはケットをきつくおなかに巻いたまま、少しだけダンから離れた。

「おじいちゃんは、ゴロゴロがいなくなるまで隠れてなきゃいけないって、いつも言ってた」

ヒナが必死に言うものだから、ダンは笑いを堪えなければならなかった。

「それでは、しばらくはここに隠れていましょう」

「そうする」

ふふ。あまりに素直でかわいい。

で、つい、言っちゃった。

「ねぇ、ヒナ。ブルーノにキスされちゃったんですけど、どうしたらいいと思います?」

ヒナは怖い怖い雷のことなど忘れ、腕に絡みつくと、二イっと笑った。

やっぱり失敗だったかな?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 345 [ヒナ田舎へ行く]

「ヒナ、ゴロゴロはもう行ってしまいましたよ」

雷が遠ざかってしばらく経つ。

洗いざらい話したダンはそろそろ手伝いに下りないといけないし、おなかにケットを巻いたままのヒナはルークと図書室で待ち合わせしている。

「ブルゥにちゃんと返事をしなきゃ」ヒナはダンの言うことなど聞いていなかった。恋愛指南役として、ちょっとばかし偉そうでもある。

「しますよ。そのうち……」ダンは歯切れ悪く言い、ポケットから懐中時計を取り出す。前回同じような仕草をしてから、三〇分経つ。着替えさせるのに一〇分かかったとしたら、遅刻してしまう。五分でどうにかしなければならない。

「トントン。やっぱここだったー!」ノック音を口にしながら部屋に突入してきたのは、カイルだ。「あっち覗いたらいなかったから、こっちかなーなんて。でも、どうしたの?」

カイルは二人がベッドに並んで座っていることを不思議に思ったようだ。当然といえば当然。ダンも不思議に思っているくらいなのだから。

「いまね、ダンに――」

「わーっ!!」

ダンは、らしからぬ大声を出した。

「ど、どうしたの、ダン?」カイルがびっくりして後ずさる。

ヒナはしまったというように口を手で隠すが、その仕草のわざとらしいことといったら。口止めをし忘れていたのはダンのミスだが、ヒナももっと気を使ってしかるべきだ。

「いえ、なんでもありません。ヒナが雷がこわいというので、遠ざかるまで話をしていたんですよ」嘘ではない。

「へえ、ヒナこわいんだ」カイルはにやにやしながらヒナの隣に座った。

「こわくない」ヒナはぼそぼそと反論して、おなかのケットを解いた。

「それでカイル、どうしたんです?」ダンは訊ねた。

「あ、そうだ。ヒナが遅いから迎えに来たんだった。フィフドさん、もう図書室に来てたよ」

「ありゃ。ヒナ、ちこくだ」ヒナはまるで他人事のように言い、ふわぁとあくびをした。雷のせいで、うたたねの中断を余儀なくされたせいだ。

「それでは、すぐに支度をしましょう」そう言いながらダンは立ち上がった。「カイルはルークさんに少し遅れると伝えておいて貰えますか?」

「はーい!」カイルは元気よく返事をして、部屋を飛び出して行った。

「さあ、ヒナも立って、部屋に戻りますよ」

「はぁい」ヒナはカイルほどの元気のよさはなかったが、素直にベッドから降りて、自分の部屋に戻った。

ダンも後に続く。

「ねぇ、ヒナ。念の為に言うだけですけど、さっきのことは内緒ですからね」

「言わない」

「旦那様にもですよ」

「え、うん、言わない」

躊躇いがあったのをダンは聞き逃さなかった。

「お願いしますよ」と念押しをする。

ヒナは口をすぼめてダンを見上げると、不承不承の頷きを見せた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 346 [ヒナ田舎へ行く]

キッチンの上部には明かり取りと換気を兼ねた横長の窓がある。そこが地下のキッチンと地上との境界でもある。

窓には雨がゆったりと伝い、時折、灰色の空に走る稲光がカメラのフラッシュのように頭上に降り注ぐ。

そうしてダンを待っているうちに、雷は遠のき、雨は小康状態となった。

一〇時一〇分。

ダンがキッチンを出て一時間が経とうとしている。

自分では意識していなかったが、ブルーノはダンを待ち焦がれていた。それに気付いたのは、再度時計を見た時、一〇時十一分だったからだ。

わずかに離れていることも出来ないのかと、少し呆れさえもする。けれども、そろそろ来てくれないと、ヒナのおやつが間に合わない。

ダンを待っている間に、ある程度の準備はしたが、やり過ぎては手伝ってもらう意味がなくなる。だから材料と道具を並べて待っているのだ。

ふと、ダンの写真が手に入らないだろうかと考える。いつか去ってしまうダンの思い出にと、単純に思ったわけではない。ブルーノはただ黙ってその日を待つつもりはなかったし、もしもダンが自分を受け入れてくれたなら、一緒にロンドンへ行く覚悟もすでにしていた。

昨夜、朝方まで寝ずにずっと考えていた事だ。

ブルーノは何度か写真を撮ったことがある。鏡で見る自分とは少し違う気がした。写真の中のダンも、違って見えるのだろうか。

「すみませんっ。遅くなりました」

やっと来たダンは、手伝いを意識してか、上着は着ていなかった。袖をまくりながら、壁に掛かったカイルのエプロンを手にする。

「ヒナが駄々でもこねたか?」

「ええ、まあ、そんなところです」ダンは含み笑いをしながら、袖をまくる。腰に巻いたエプロンが様になっている。

「想像がつくな」ブルーノはニヤリとし、ダンにボウルと木べらを手渡した。「順番に入れて、混ぜてくれればいい」そう言って、ズラリと並んだ材料を指し示す。

「任せてください。こう見えて、台所仕事も得意なんですよ」ダンは木べらを振って屈託なく言った。

知っている。そう口にしたら、ダンはさぞかし驚くだろう。

でもまあ、さほど驚くことでもないかもしれない。ここで暮らす間、ダンは何かと手伝いをしてくれていて、こういう仕事が不得意にはまったく見えないのだから。

ダンの事を勝手に調べた事を、ブルーノはいまになって後悔していた。ダンは知られたくないからこそ、自分の事を語らない。元役者(志望)だということはヒナが暴露したが。

ダンの名前も過去も、自分の胸に秘めておこうと決めたのは、いつか、ダンの口から全部聞きたいから。

やれやれ。寝不足がずいぶんと堪えているようだ。センチメンタルな自分に失笑がもれる。こんなことではまともにおやつ作りが出来るか、不安で仕方がない。

そうなったらすべてダンに任せるしかないな。

ブルーノはすでに仕込んで寝かせておいたスコーンの生地を取りに、冷蔵室へ向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 347 [ヒナ田舎へ行く]

いろいろな意味で熱気に満ちたキッチンから甘い香りが漂い始めたころ、エヴァンはパーシヴァルの部屋を出て階下へ向かっていた。

そろそろ午前のおやつの時間。いつまでも拗ねているクロフト卿に、図書室で宿題中のヒナに合流してはどうかと勧めてきたところだ。ヒューバートにクロフト卿を退屈させるなと命じられたせいもあるが、部屋でくよくよとしている彼を見るのはあまり気分のいいものではなかった。

あれこれ考えるのが好きではないクロフト卿は一も二もなくその提案に飛びついた。エヴァンの予想通り、そろそろ退屈してきたところだったのだ。

エヴァンは無遠慮にキッチンに入った。ブルーノとダンの邪魔をするつもりではなく、むしろ協力するために。特に彼の味方をするつもりはなかったが、スペンサーが本気になっていない今なら、ダンはブルーノを退けるだけで済む。もしも受け入れる気なら、それはそれで勝手にすればいい。三角関係だけは、絶対に避けなければならないとエヴァンは経験上、警戒を強めている。

ブルーノはいかにも迷惑そうな顔でエヴァンを迎えた。それとは逆にちょうどお茶の支度をしていたダンは、パッと顔を輝かせた。あまりにタイミングが良かったからだろう。

「クロフト卿も一緒にお茶を召し上がるそうです」出し抜けに言う。

「そう思って人数分用意しています。しかもスコーンはいまなら焼き立てですよ」ねぇ、とブルーノに向かって同意を求めるように首を傾げる仕草は、無意識とはいえ誘惑めいていた。

ブルーノは無理矢理しかめ面を作った。「昼食が食べられなくなったら困るから、一人ひとつな」カゴに四つスコーンを入れる。

「こういう天候の日は、食べて気を紛らわせるのが一番です。クロフト卿からも差し入れがありますので、十分だと思います」クロフト卿には手ぶらで図書室に行ってはダメだと忠告済みだ。

「そうですね。チョコレートもクッキーもありますし」ダンはティーカップをひとつトレイに追加すると、大きな銀のティーポットに熱湯を注いだ。「さあ、行きましょうか」

「これはわたしが持って行くので、ダンはここで休憩しているといい」言った途端、ブルーノの顔つきが変化した。青灰色の瞳をきらりと煌めかせる。

「でも……それだと、往復しなきゃいけないですよ」ダンは自分はそうするつもりだったくせに、そんなことを言う。

「ブルーノ、ディナー用の大きなトレイがあるだろう?出してくれ」そうすれば、二人の邪魔はもうしないとエヴァンはブルーノに目配せをした。

「ああ、すぐに出す」ブルーノの返事はいつになく威勢がよかった。すぐに晩餐用の重たくて大きな銀のトレイが作業台に置かれた。

エヴァンはキビキビとティーセットを乗せ替えて、さらには自分とスペンサーの分も加えて、最後にスコーンのカゴを乗せた。

「二つ追加してくれるか」とスコーンの催促をする。

ブルーノは四の五の言わずに、カゴにスコーンをごろごろと盛った。

「あ、はちみつを忘れていますよ」ダンがジャム瓶の横にはちみつの瓶を置く。

これで支度は整った。

エヴァンは礼はいらないとばかりに、ブルーノに一瞥をくれると、両手でしっかりとトレイを掴み、キッチンを出た。

あの二人、数日中に決着すればいいが。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 348 [ヒナ田舎へ行く]

エヴァンの見立ては少々間違っていた。

スペンサーはすでに本気だし、ダンはブルーノのことはいったん棚上げにしていたので、問題は数日で解決しない。

図書室ではヒナが朗読をしていた。

ロンドンから持ち込んだお気に入りの一冊だが、カイルやルークには刺激が強過ぎたようだ。

そこに合流したパーシヴァルは、退屈しのぎにはちょうどいいと、特等席を陣取りヒナの声に耳を傾けていた。

「はくしゃくのかさねられたくちびるは、あたたかく、しめっていた」

「も、もうそろそろおやつの時間じゃない!」顔を真っ赤にしたカイルが、これ以上は聞いていられないとばかりに、ことさら大きな声を出して立ち上がった。

「そうかもしれませんね!さっきからバターのいい香りがしていますし!」ルークも大声で応じる。

それを見て、パーシヴァルがくすくすと笑う。うぶな男たちはそれだけで愉快だ。

ヒナは一瞬迷いを見せたが、すぐに本を閉じた。

おやつの時間は常に厳守だ。

「テーブルかたづけよっと」ヒナはてきぱきと邪魔なもの(かわいそうな宿題たち)を、テーブルから椅子の上に移動させた。

カイルも慌てて自分の勉強道具を移動させる。もたもたしていると、ヒナににらまれてしまう。おやつを前にしたヒナほど怖いものはない。

「お待たせいたしました」

まさに、というタイミングでおやつを持ったエヴァンが登場した。

ヒナは興奮気味にきゃあと声をあげて、椅子に行儀よく座り直した。つられてカイルもルークも背筋をぴんと伸ばす。だらりとソファに寝転がっていたパーシヴァルは、気怠げに起きあがって、ヒナの横に座った。

「もう昼食の時間だったかな?」山盛りのスコーンを見て、パーシヴァルが言う。

「おやつの時間だよ」ヒナがパーシヴァルの冗談を真に受けて、真面目に返す。

「ブルーノったら、ずいぶん気前がいいなぁ。焼き過ぎちゃったのかな?」と、カイル。山盛りのスコーンがエヴァンの功績だとは思いもしない。

「まだ湯気が上がってますね」早く食べたいとばかりにルークが言う。

エヴァンは皿を配り、紅茶をカップに注ぐ。「宿題ははかどりましたか?」とヒナに訊ねる。

「すぐに終わったよね。ヒナ」カイルはエヴァンのなめらかな動作に感心しながら、はきはきと言う。

ヒナはスコーンに釘付けだ。「うん。すぐ終わった」と、上の空で言う。

「だから朗読をしていたんだよね」パーシヴァルがにこりとする。

それだけでカイルとルークは、思い出したように赤面した。

「で、でも、偉いですよね。本も読みますし、先生から出された宿題を毎日ちゃんとこなしているんですから」ルークは照れ隠しのように言うが、ヒナへの評価が上がったことは間違いない。

エヴァンと約束したとおり、ルークはきちんとヒナを評価しようとしている。

ヒナは褒められてまんざらでもない様子で、手を合わせた。「いただきます」

「おやつの時も言うんですね」ルークも手を合わせて言う。「イタダキマス」

「いつもじゃないよね」カイルは暴露して、スコーンを手に取った。

そういうときは、心の中でちゃんと言っているのだが、ヒナは特に反論するふうでもなく、スコーンを二つに割った。ホイップは添えられていなかったので、はちみつをとろりと掛ける。

パーシヴァルは紅茶を飲んで、すでにトレイを手に出て行こうとするエヴァンを目で追った。残った紅茶とスコーンをいったい誰とどこで頂くのか、少し気になった。ロス兄弟の上の二人はとてもいい目の保養になるからだ。

エヴァンはそんなパーシヴァルの羨ましげな視線を軽く受け流し、隣へ向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 349 [ヒナ田舎へ行く]

「隣はずいぶんにぎやかだな」

スペンサーはペンを置き、ノックもそこそこに書斎に入って来たエヴァンに向かって言った。こちらにも当然来ると思っていたので、待ち構えていたと言っても過言ではない。

エヴァンは片方の眉を優美に吊り上げただけで、何も言わなかった。加わりたければ、勝手に行けということだろうと、スペンサーは解釈した。

わざわざそこまでする気はないが、隣に繋がるドアは開けている。おかげでヒナの卑猥な朗読が聞けて、すこぶる楽しかった。

カイルやルークのあたふたする姿が目に浮かぶようだ。

「よろしければ、こちらで一緒にと思ったのですが」

控えめな口調だが、ここに居座る気なのは間違いない。

「どうぞ、ご自由に。俺もちょうどのどが渇いたところだ」

横柄に言ってみれば、エヴァンは愉快そうに目を細める。何を考えているのか分からないのは、顔の動きが制限されているからだ。

スペンサーは机を離れ、お茶の用意されたテーブルに着くと、さっそくカップを手に取った。

「いい香りだな」

「昨日町で仕入れたものです」

「そういえば、キャリーのとこでいろいろ買っていたな。ということは、これはダンの見立てか」うっかり口にしてしまって、相手がエヴァンだったと気付く。見られたくない場面を見られてしまった記憶が否が応でもよみがえる。

「満足ですか?」エヴァンがしれっと問う。

スペンサーは口元をひきつらせた。「満足と言えば、満足か?」

「ええ」

嫌な男だ。

エヴァンはスコーンをかじり、はたとスペンサーを見やる。「ひとつ、伺ってもよろしいですか?」

「なんだ?」スペンサーはぶっきらぼうに答えた。好きにしろという気分だった。

「ヒナが来るまでは、いつも何をしていたのですか?」エヴァンはそう言って、大口を開けてスコーンを頬張る。

「暇そうに見えるか?」スペンサーはエヴァンをねめつけた。

エヴァンはしばらくもぐもぐとやり、紅茶で口の中をすっきりさせると、満足そうに息を吐いた。「ええ、まあ。掃除などはいつしているのだろうかと、不思議に思っているのですよ」

何を言うのかと思えば!まるで屋敷の中がごみ溜めみたいな言い草じゃないか。

「日常使う場所はこれでも毎日している。これまでは自分たちの部屋と居間と食堂くらいでよかったんだがな」

皮肉ったように言ってみるが、エヴァンが堪える様子はみじんもない。ヒナとダンだけならまだしも、この先、この屋敷にどれだけ人が集まるのだろうかと警戒せずにはいられない。

さすがにこれ以上はないとは思うが……。

エヴァンは紅茶のお代わりを注ぎ、新しいスコーンに手を伸ばした。「午後はダンと何をする予定ですか?」

スペンサーは激しくむせかえった。たまたま何も口に入っていなくて助かった。

「な、なんだって?」声を裏返し、訊き返す。もちろん、なんと問われたのかはこの耳に十分過ぎるほど届いていたが。

「わざわざブルーノからダンを奪って、何をするつもりなのか訊ねたのですが」臆面もなくそう口にするエヴァンは、涼しい顔で二つ目のスコーンをぺろりと平らげる。

スペンサーはしばらく言葉が出なかった。なんと答えるのが正解か、まったく分からなかったからだ。

つづく


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